1.「ジーコは」功労者である
アマからプロへの転換期にジーコが日本にいたことは、
「プロとはかくあるもの」
という意識を間近で感じる事ができた点でプラスであり、また後に来日した大物外国人選手の中にも、
「ジーコがいる国」
という影響は少なからずあっただろう。
そういった選手から学ぶ事によって、今の日本サッカーがあると考えるのならば、ジーコは間違いなく功労者ということになる。
ただこれが「ジーコ監督」となると別の話で、J発足時に「100年構想」を起ち上げたのであれば、まだ日本サッカーは子供であり、それゆえ自主性を尊重する手法では、
「何をしていいのか分からない」
のも当然であり、日韓大会ベスト16という成績が立ち位置の認識を誤らせてしまったのなら、それはそれで皮肉な事だなと。
2.誰が責任を取るべきか?
推挙したのが誰であれ、最終的に「協会として」ジーコ監督へと舵を切ったのであれば、その責任がトップにあるのは当然の事である。
ということで、当時のトップである川淵キャプテンには、再度同じ失敗をしないよう注意してほしいのだが、例の「うっかり口を滑らせてしまった」記者会見が本当に滑らせて締まったのであれば、軽率な言動がトップとしてふさわしくないものになり、かといって意図したものであると、批判の矛先をそらすためと取られても仕方なく、そうなるとやはりトップとしてふさわしくない、ということになる。
3.本当の問題とは?
で、オシム監督。確かに旧ユーゴスラビアでW杯ベスト8というキャリアだけ見てもジーコよりははるかに上だし、中田英がマルタ戦後に
「走らないと始まらない」
とコメントしていた点は、ジェフで展開しているサッカーであり、そうなると川淵キャプテンの発言がどうであれ、当然名前の挙がる人物ではある。
ただ東ヨーロッパのスポーツ政策は国家レベルでの取り組みであり、ある意味「クラブチームだから可能」な手法ともいえるわけで、これが短期間の集まりである代表で活かされるかどうか、個人的には疑問もある(勿論、引き出しを多く持っている可能性は高いが)。
また、このあたりが代表レベルだけで終わってしまうと何の意味もなく、今回の結果を単にジーコの失敗と捉えるのではなく、
「日本サッカーの敗戦」
と捉えられるかどうかがポイントじゃないかと。
2006年06月28日
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